日本学術会議の一件を巡り、かつて自民党の憲法改正論議をリードしてきた大物学者が激怒していた。小林節・慶応大名誉教授である。学術会議を「左翼の巣窟のようだ」と批判し、かつてはその長老学者とけんかをしたこともある武闘派だが、それでも「任命拒否は許せない」と菅義偉首相を激しく糾弾するのだ。どういうことか?【吉井理記/統合デジタル取材センター】
――若い頃、日本学術会議の会員の選び方について、学術会議の顔役の学者たちとけんかしたそうですね。
◆30年前のことだね。慶応大教授になった翌年の1990年、41歳だったかな。憲法学者の世界は8割が左翼、2割が右翼でね。所属する学会も、左は日本公法学会、右は憲法学会などと分かれていて。左は「改憲」はタブーだったし、右は右で、天皇を絶対視して「明治憲法復元」を唱えるような学者も少なくなかったね。僕は両方に所属していたが、どちらとも考えが合わなかったんだ。
――「朝まで生テレビ!」(テレビ朝日系)などでは「タカ派」として扱われていましたし、右からも「小林は大日本帝国憲法に批判的だ」などとして、距離を置かれていたと聞いています。
◆右も左も異論を排除したがるからね。その「左8割、右2割」という学者の構成が、そのまま日本学術会議の法学者の構成に反映されていたかと言えば、そうではなかった。当時の学術会議では、丸めて言えば、ほぼすべてが左で独占されていた。
――少数派の右が、学術会議では無視されていた、と。
◆そう。それで米国留学経験があり、討論が得意だった僕に右の学者たちが白羽の矢を立てた。彼らに推され、日本学術会議で法学系の会員を推薦する長老学者たちの集まりに乗り込んで談判したんです。学術会議の大会議室だった。顔役のような学者たちと向き合って「学界の構成通り、学術会議の会員も、右の学者をせめて2割は入れるのが筋だ。学問なんだから、異論があって当たり前ではないか。放逐するのは全体主義だ」と意見した。でも長老たちは「今のままで何も問題ない」の一点張り。菅首相の官房長官時代の答弁みたいだったね。
――同じ思想や価値観で固まっていた学術会議のあり方を変えようとしたわけですね。でも、実現しなかった。
◆そもそも異論を排除するようでは、学問の発展はあり得ない。あれ以来、僕は学術会議とは関わっていない。ただはっきり言っておきたいのだけれど…
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